月下の一族5




 双子の寝室に鏡はない。いつでも、お互いを写す鏡として、常に共にいたので。 
双子は自らの右手を、相手の左手を見ることで知り、右足、左足、髪の色、瞳の色・・・全てを、
片割れのもつ、自分と同じものを通して見ていた。 

 「兄貴。」 
 「ん?」 

 快斗の体調が良く、二人そろって起きている日は、二人で互いの服を着せあう。それは二人
が物心つくより前から、自然と身についていた習慣だった。 
 快斗はキッドの寝着のボタンを上からはずしていき、快斗がそれをしやすいように、キッドは
快斗の方のボタンを下からはずしていく。 

 「今日、ちょっと出かけてきたい。」 
 「…。」 

 キッドの綺麗な所作に、ピクリと揺れが起こる。自分の言葉でキッドが何を考えたのか、快斗
にはわかる。快斗の身を案じているのだろう。「心配しないで」などとは言えない。快斗だって、
キッドが怪盗の仕事に出る度に、抱く不安だ。それに、残されてしまうかもしれない・・・という、
決定的な恐怖を、今朝、味わったばかりだ。キッドの不安を少しでも和らげたくて、快斗は微笑
む。 

 「体は、平気。ほら、顔色もいいだろ?」 

 快斗の寝着のボタンに手を添えたまま、キッドが快斗の顔を見つめる。視線は何かを探るよ
うで、やや厳しい。キッドから、そのような視線をもらうことが極稀な快斗は、少しばかりの緊張
を覚えながら、自らの体温を伝えようと、キッドの頬に両の手を添えた。快斗の手から、健康的
な温もりを感じ取って、ようやくキッドの表情が緩んだ。 
  
 「・・・外の様子を見たいってんなら、そうさせてやりてぇけど。」 

 ボタンから手をそっと離し、キッドは右手を快斗の髪に、左手を快斗の右手に添えて、快斗の
髪を撫でる。そうして頬を快斗の右手に懐かせるので、いつもの逆だ、と快斗は思った。 

 「今日は石を返してこないと…夜までには戻るから、それからじゃダメか?」 

 快斗は迷う。キッドが一緒に居てくれるなら、当然、自分もその方がいい。それでも、外出先
で待っているだろう人のことを想像すると、夜というのは、失礼な気がしてしまう。 

 「できるだけ、すぐ来なさい…って言われちゃったんだ。あんまり待たせてご機嫌損なうと、後
で怖い…。」 

 快斗の言葉に、キッドは、快斗が誰に呼ばれたのかを、瞬時に悟る。 

 「…紅子か。」 
 「うん。」 
 「そう言われたのは、いつ?」 
 「さっき。」 
 「あいつ、また夢を渡ってきたのか。」 

 キッドの口から、呆れたようなため息が漏れた。 
 黒羽の者ではないけれど、双子と長い付き合いのある、魔女。闇に属し、月の力を、術の施
行に使うことの多い彼女にとっても、月の力の衰えとパンドラの存在は、大きく関わっていた。
そのため、何かと協力してくれている。彼女が個人的に、双子のことをかなり気に入っている、
ということも大きいが。 
 その彼女が、快斗を呼んだというのなら、パンドラのことで、何かわかったことが、あるのかも
知れない。パンドラの力を勘違いして狙う、他の連中に出し抜かれないためにも、確かに急い
だ方が良かった。 

 「兄貴の夢には来なかったの?いつもなら一緒に呼ばれるのに、珍しいね。」 

 快斗の体の状態を知っている紅子が、快斗を一人で呼ぶことは、まず、なかった。紅子が夢
を渡ってくる夜は、双子は同じ夢を見ていたのだ。 

 「俺が、今日は石を返す用事があるってわかってるから…か?」 
 「ああ、きっとそうじゃない?魔女子さんはキッドの動向をお見通しだから。」 

 それなら、キッドが昨夜盗って来たのが聖杯で、その影響で快斗が今日は体調が万全なこと
も、知っているだろう。緊急のため、自分のもとに、快斗一人だけで向かわせても、大丈夫だろ
うと判断したのかも知れない。 

 「一癖も二癖もあっても、協力者だからな。」 

 キッドが快斗の寝着に手を戻し、着替えの続きをする。魔女の名が出たことで、すっかりいつ
もの調子に戻ったようだった。 
 寝着の袖を快斗の肩から落とし、確かに自分と同じものだけれど、どこか儚さをもつ弟の肩
を抱く。この存在を、外へ出すことへの己の不安を、写し取っているかのような、儚さだった。 

 「…わかった、快斗。気をつけて行ってこい。でも移動は寺井ちゃんの車で。くれぐれも気をつ
けてな。少しでも調子悪くなったら、すぐ戻れ。紅子には、後で連絡すればいいから。」 
 「うん。大丈夫、無茶はしないよ。サンキュー、兄貴。」 

 よし、と笑って、快斗の髪を撫でてキッドは離れた。快斗がまだ、キッドの寝着のボタンをは
ずし終えていないので、胸を肌蹴させたままの・・・寺井が見れば「だらしがない」と言われてしま
いそうな格好だったが、笑う兄の姿は、やはり綺麗で、快斗には誇らしかった。 




  
 「寺井ちゃん、おはよ!」 

 着替えを済ませ、寺井の用意してくれた食事の席に着く。食卓に綺麗に並べられたそれら
は、残念ながら双子の栄養とはならないが、味と、作ってくれた人の愛情は、感じることができ
る。人間としての生活を、完全には捨てたくない双子のために、寺井は毎日、こうした食事を用
意していた。 

 「おはようございます、ぼっちゃま方。快斗ぼっちゃまも既にお目覚めとは…お顔の色も良い
ですし、今日は良いことが起こりそうですね。」 
 「さて、良いことになるのかな…寺井ちゃん、快斗が紅子に呼ばれた。俺のかわりに、一緒に
行ってやってほしいんだ。」 
 「お嬢様のところに・・・ですか?かしこまりました。快斗ぼっちゃまとの外出は久しぶりになり
ますかな。」 

 嬉しそうに寺井が微笑む。 

 「はしゃいで、魔女子殿の前で失態するなよ、快斗。百年先までネタにされるぞ。」 

 キッドがシニカルに笑って、快斗に釘を刺す。 

 「わ〜ってるよ☆」 

 べ、と舌を出して、快斗が笑った。「お行儀がよろしくない」と、寺井が形ばかりの注意をす
る。双子のカップに注がれた紅茶は、やはり味も温度も双子の好みで、寺井の優しさが感じら
れた。