月下の一族3




 「ん…ふ。」 

 淡く光る石に口づけていると、口端から生気がこぼれるようなイメージが浮かんで、快斗は唇
を離す。 

 「もう、いいのか?足りた?」 
 「ん。もういっぱい。」 

 実際に生気がこぼれたわけではなく、あくまでイメージなのだが、快斗は癖で、口を寝着の袖
で拭った。 

 「そうか…まだ、残ってるみたいだけど。よほど溜めてたんだな、これ。返却する前に親父の
ところにも持っていこう。」 

 屋敷の一室で、いまは静かに目覚めの時を待っている、父に。父がいつでも側に居てくれて
いた昔に、意識が向かいそうなキッドだったが、隣室のドアを寺井がノックした音で、過去へは
行かず、現実に戻る。石をシャツの胸ポケットにしまいこみながら、身に纏う空気を明るいもの
にした。 

 「快斗、寺井ちゃんがココアを用意してくれてる。飲むだろ?」 
 「ココア!?飲む!」 
 「んじゃ、冷えないようにこれ被っときな。」 

 そう言って、キッドが快斗に頭から被せたのは、先ほどまで快斗を包んでいた毛布だった。 

 「ひきずっちまうよ。」 

 快斗は、唇を尖らせて不満そうにする。 

 「はいはい。」 

 快斗が何を強請っているのか、正しく理解したキッドは、快斗を包む毛布ごと、その身を横抱
きにして持ち上げた。そうして、すぐ側にきた弟の耳に囁きかける。 

 「これでよろしいですか?お姫様?」 
 「ええ。よろしくてよ、爺や。」 
 「爺やかよ。」 
 「うんそう、爺や。」 

 キッドは憮然として、一方の快斗は微笑んだまま、無言で数秒、見つめ合っていたが、二人
ほぼ同時に、堪えきれず吹き出してしまった。笑った拍子に快斗を落としてしまわないよう、キ
ッドは腹筋を使って姿勢を正してから、寺井の待つ隣室へと足を動かす。二人、賑やかに笑い
合ったまま。 

 「寺井ちゃん、ココアは!?」 
 「できております、ぼっちゃま方。」 
 「サンキュー、寺井ちゃん☆」 

 寺井の作るココアは、二人の好みに合わせて甘い。が、それを差し出しながらの言葉は甘く
なかった。 

 「これを飲んだら歯を磨いて、体が暖かいうちに寝てくださいね。…そうですね、いまから20分
以内。」 
 「えぇっ?早い!」 
 「早いことはありません。最近は特に冷え込むんですから、すぐ寝台に飛び込むくらいでいい
んです。」 
 「寺井ちゃんには逆らわない方がいいぞ、快斗。」 
 「ちぇー、わかったよ☆」 

 キッドにまで寺井の側に立って言われてしまっては、さすがに従うしかない。 

 「そういや兄貴、今日の参加者は?」 
 「ん、いつも通りに中森警部だろ、それとロンドン帰りの白馬探偵…と、工藤新一。」 
 「えっ!」 

 随分と、久しぶりに聞いた名に意表を突かれて、快斗はカップを持つ手に、力を込めた。二
人がココアをすぐ口にできるようにと、寺井が温度に気を遣ってくれていたおかげで、熱くはな
かったが。 

 「それって、あの工藤新一!?」 
 「そ、あいつ。」 
 「…うわぁ。懐かしいな。いまいくつだろ、どんな風に育ってる?」 
 「ん、ちょっと待ってろ。」 
 「?」 

 興味津々といった様子で快斗が聞くと、キッドは自分の髪を、ささ、といじる。首から上だけを
変装させて、快斗の問いに答えようという気なのだろうが、快斗も寺井も、キッドのその動作に
は疑問を感じる。 

 (いつもは、髪より顔を先にいじるのに?) 

 しかしキッドは、最後まで髪にしか触れずに言ったのだった。 

 「…こんな顔♪」 
 「えっ。」 
 「おやまあ。世の中には、同じ顔の人間が3人はいるといいますが…。」 
 「俺と快斗は双子で似てるのは当然だから、他にあと一人くらいはいるかもな。」 

 それにしても、ここまで似るものかと、快斗は兄の姿をまじまじと見ながら思う。 

 「はー…。育ったもんだねぇ。俺と兄貴の成長が止まってから会ってないから、最後に会って
からもう10年か。」 
 「いっちょまえに、探偵の目をしてたぜ。」 

 キッドがカップに口をつけながら、空いてる方の手で髪を戻す。 

 (うわぁ…、会ってみたいな。) 

 快斗は、記憶のなかの工藤新一と、いま兄が見せてくれた彼とを想像のなかで並ばせる。こ
ういうとき、自分たちを置いて、時がどれだけ流れたのかを、つくづくと実感させられる。と、寺
井が手を数度叩く音がした。もう、時間。 

 「さ、ぼっちゃま方、20分経ちました。歯を磨いて、続きは寝台の中でどうぞ。」 
 「やっぱり早いよー、寺井ちゃん。」 
 「快斗、明日のおやつが欲しけりゃ逆らうなって。ほら、行くぞ。」 

 言うが早いか、キッドはまた快斗を抱き上げ、洗面所へと連れて行ってしまった。 
 そうして二人並んで歯を磨き、きちんと磨けているか互いに見せ合って、寝室に戻る。天窓か
らは月光が柔らかく注がれて、二人の寝台を淡い光が包んでいた。 
 この天窓は、一年の半分以上を寝台で過ごす、快斗のため。月の恩恵を自ら得ることが不
得手で、思うように動けない快斗が、それでも、少しでも月から生気を得られるようにと、寝台
に居ながらにして月光を浴びれるように、盗一が指示を出して取り付けさせた。キッドにして
も、眠りながら力の補給ができるため、日中は人間のように活動できるのも、嬉しいところだ。 
 二人で寝台に入り、手をつないで頭上の月を見上げる。 

 「兄貴。」 
 「ん?」 
 「今日も、お疲れさま。」 
 「…ああ。絶対、月を戻して、親父を取り戻そうな。」 

 キッドの言葉に、快斗はつないでいる手に力を込める。すると、同じだけの力でもって、キッド
も握り返してきた。 

 「うん。俺も、情報集め、頑張る。」 
 「無理はすんなよ。」 
 「大丈夫。してない。」 

 兄の負担にだけは、なりたくない。 
 快斗の気持ちが伝わったのか、キッドは少しだけ苦笑したが、快斗にそれを気づかれる前
に、快斗の頭を胸に寄せるように抱き込んで、夜の冷たい空気から、快斗を隠してしまった。