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月下の一族7
学校。それがどんな設備を有していて、何が行われているのか、どのような人間がいてどの
ような会話が交わされているのか、快斗は知識としてなら知っている。その知識の出どころとい
えば、小説や雑誌、テレビ等からのものであったり、兄が快斗に聞かせたものであったりした。
(本当は一緒に通いたかった)
この不自由な身でさえなければ。
兄が例えば学校で数学の授業を受けているとき、快斗は家で数学の教科書を開き、兄が美
術の授業を受けているときには、快斗は寝室の天窓から見た空を描いて過ごした。兄は授業
が終わればできるだけすぐ帰り、授業の内容やクラスでの会話等、その日学校で自分が体験
したことを快斗に伝えた。10年前、双子の時間はそのようにして過ぎていった。
「新一と会ったのもその頃だったんだよなあ」
「あの時はヒヤヒヤさせられました」
「うん、ごめん」
兄は学校のことを快斗に伝えようとした。具体的な言葉を選んで、教師や友人の名前も出し
て。同じ年の頃の者達と時間を共有する、学校というものに憧れを抱く快斗が少しでもリアルに
疑似体験できるように。
しかし言葉には限界がある。それとも逆に、聞けば聞くほど学校というものが鮮明に想い描
けるほど、兄の話し方が上手く魅力的だったからと言うべきか。快斗は学校に流れる空気を、
肌で触れてみたくなってしまった。
兄も、家で待つ快斗を想うと少しでも早く帰りたいとは思っていたが、学校そのものは嫌いで
はなかった。同年代の者が集まって他愛のない話をしたり、退屈な教師の話に聞いている振り
をして窓の近くにある木で遊ぶ鳥を横目で眺めたり、たまに自分では思いも付かなかった他人
の考えに触れられたりする学校に愛着をもち、できることなら弟にも、自分の話からだけでな
く、本当の体験をさせてあげたいと思っていた。
けれど、快斗の身の不自由さではそれは叶わない。では、せめて。
そのような事情で、黒羽家の双子の兄が通っていた高校には、満月の夜だけ図書室にお化
けが現われるようになった。教師やクラスメイトは居らず、空気も日中の賑やかなものではなく
静かで冷たいものであったが、それですら、想像だけのものより快斗を高揚させた。
快斗の体調が良い夜、学校までは寺井の運転する車で、出入りは図書室からと決めてい
た。音楽室でも美術室でも良かった。丁度一階にある特別教室がこの学校は図書室だったの
だ。学校によくある『真夜中の噂』はそういった教室が舞台であることが多いから、万が一見つ
かっても誤魔化しやすいと考えた。
『何だ、お前ら・・・ここで何をしている?』
『・・・見ての通り、双子のお化けだよ』
『坊主、お前こそ何故こんなところに?』
高校の図書室で、小学生だった工藤新一と初めて出会ったときのことが思い出される。いま
快斗と寺井が紅子を待っているのはあの時とは別の高校で、あんなにも静寂でもなく、満月な
どではなかったが。
「あ」
まるで写真や絵で見る遠方の景色のようだったそこに、一人の少女が現われた。周囲の男
達の一切の視線を集めて、女王のように優雅に歩く彼女は、迷いなくまっすぐと、快斗と寺井
の乗る車に向かって来ていた。歩く様は優雅に。けれど彼女の美しい眉間は寄っている。
「・・・あれぇ?紅子、怒ってる?」
会うのは久しぶり、それも呼んだのは彼女の方だが・・・快斗には何故かわからなかったが、
彼女を怒らせてしまった様子に、嫌な汗をかいてしまう。昔から、魔女は怒らせると怖い。
紅子との距離がいよいよ縮まり、今更知らない振りもできずに快斗は車の窓をおろす。
「何故?」
「あ、紅子?」
「何故こんな所に来ているの、あなたは」
細い腰に両の手を添えて車内を覗き込む彼女は美しい。怖ろしい。
「・・・呼んだろう?」
「呼んだわ。あなた達をね。彼の用事が済んでから来ると思ったのに。とにかく、ここに居て
はまずいわ。彼に見られないうちに、私の・・・」
「屋敷に」、紅子が紡いだ言葉が、快斗と寺井の耳に触れるか触れないかという時だった。
「小泉?・・・すげえ目立ってるけど、何してんだここで?」
快斗が知っているよりも低くなった、けれどよく知る者の声が、彼の影とともに、快斗に触れ
た。



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