其の中の真実4




 『気に入ってもらえたかな。』
 
 大理石の床、高い天井、天井からはシャンデリア。白馬邸の食堂で誕生日のケーキを頬張
る快斗を見て、白馬は微笑んでいた。

 『うん、すげえ美味いよ。ありがとうな、白馬。』
 『どういたしまして。仕事の都合で帰国が遅れて、中森さんの開いたパーティーに間に合わな
かったのだから、これくらいはさせてもらわないとね。』

 穏やかな休日の、穏やかな昼下がりだった。










 6月21日は、黒羽快斗の誕生日。
 当日、快斗の母はケーキを焼いた。快斗が幼く、盗一がまだ家にいた頃のアルバムを見な
がら親子二人でお祝いをした。
 その週末には青子がパーティーを企画し、クラスの友人達がそれに集まり快斗を祝った。そ
のパーティーの帰りに、紅子は何やら怪しげな御守りを快斗に贈り、快斗の微妙な反応に、そ
の整った眉をひそめた。
 パーティーに間に合わなかった白馬は、快斗のために白馬家お抱えのパティシエに快斗好
みのケーキを作らせ、快斗を自宅に招いた。
 ・・・工藤優作は。
 盗一からの時を越えた贈り物を届けに現われ、その後日に、そのときに渡しそびれたと言っ
て、優作と有希子からの贈り物が届いたのだった。

 (で、今日はその二人からのプレゼントを着て、名探偵とケーキを食べに行った、と・・・。)

 快斗は寝台の上に転がって、壁に掛けたワンピースを見る。それは天窓からのぞく月の光
に、淡く照らされていた。
 優作と有希子から贈られたのは、何故だか女性用の衣装だった。快斗はあのグローバル夫
婦の茶目っ気には彼らの息子以上に慣れていたので、別段驚くでもなく「さてこの衣装を、どう
使ってみせようか」と考えた。そして、いっそ息子の方も巻き込んでしまえと、今日の外出に至
ったわけなのだが・・・。

 (名探偵からプレゼント、ねえ・・・。)

 ワンピースから、手に持っていた写真に目を移す。カップルでの来店キャンペーンの一環とし
て、テーブル担当者が今日の記念にサービスで撮ってくれたのだ。
 その写真の中、笑顔全開でいる自分の隣で、どこか戸惑いながら笑顔を作っているコナン
が、なんだか微笑ましい。

 (大人になったら、優作さんそっくりになるんだろうな・・・。)

 コナンの顔に、優作のものと同じ髭を想像の中で付け足して、クスリと笑う。

 (でもその前に、まずは高校生にならないとね。)

 でも、と。天窓から空を眺めて考える。快斗がいま居るここは、工藤邸内にこっそりと存在す
る、怪盗キッド専用の客室。工藤新一が健在で、ここに彼がいまも一人で生活していたなら、
快斗が訪れることもなかったろう部屋だった。

 (でも名探偵が高校生に戻ったら、今日みたいには一緒に遊べなくなるなあ・・・。)

 なにせ、黒羽快斗は江戸川コナンしか知らないことになっているのだから。

 (・・・名探偵の方から正体明かしてくれれば、別だけど。)

 そんな、極めて低い可能性を考えていると、先日白馬邸に招かれたときのことを思い出し
た。
 大理石の床、高い天井、天井からはシャンデリア。白馬邸の食堂で誕生日のケーキを頬張
る快斗を見て、微笑んでいた白馬。とても、美味しかったのだ。あのケーキは。
 おまけに、お土産として、他にも沢山のケーキやらクッキーやらを頂いてしまった快斗は、も
てなされっ放しというのに落ち着かなくなってしまった。生粋のエンターテイナーなのだ。
 丁度、もうすぐ白馬の誕生日も近いことだし、と考え、快斗と白馬を乗せた車から降りてか
ら、白馬に言った。
 ・・・言ったことを、いまでは後悔している。









 
 『今日のお返しに、白馬の誕生日には、白馬の欲しいものを用意するよ。何が欲しい? 俺
に用意できるものなら、何でも良いぜ。』

 けけけ、と笑う快斗に、白馬は何故だか少し困った顔をして、車の中から快斗を見上げた。

 『あまり簡単に、何でも良いなどと言うものではないな。』
 『俺に用意できるものならって、ちゃんと言ったろ。あんまり値の張るものは無理だかんな。』
 
 お土産のお菓子の箱を抱えて、白馬の答えを待つ快斗を前に、白馬は暫らく考えて・・・決め
た。欲しいものを。

 『・・・君に用意できるもので、本当に何でも良いのなら』





 (白馬め。ずるい奴・・・。)

 寝台の上、快斗は寝返りながら、あのときの白馬に悪態をつく。

 




 『君が持っている、真実を一つ。』

 それが、白馬が快斗に望んだものだった。










 『・・・何だよ、それ。』
 『僕の誕生日当日でなくても良い・・・君が、僕に打ち明けても良いと決めたとき。僕に打ち明
けても良いと君が決めた、君にとっての真実を、いつか教えてくれないか。』

 (ずるい。あんなタイミングで、あんな顔でそれを言うのは。)

 白馬の瞳は、真剣だった。けれど、何かを恐れている瞳の色でもあった。必死で告げた想い
を拒まれることを、酷く怖れているような。
 だから、快斗は拒めなかった。けれど受け容れられもしなかった。

 『お前が期待するような、大層な真実なんて持っちゃいないぞ、俺は。』
 『・・・それでも。君が僕に打ち明けてくれたというだけで、僕にとっては大切な意味をもつん
だ。君が僕に告げる真実として、それを選んだというだけで。』
 『話すタイミングを逃して、言わないまま爺ちゃんになって、結局言わないまま死んじまうかも
知れないぞ。』
 『いいさ。最期まで告げてもらえなかったとしたら、最期まで僕に言えないほどの何かを、君が
抱えてたということだから。』

 そこで一旦間をおいて、彼はまた言ったのだ。瞳から怖れの色は消えて、ひどく静かな水面
のように落ち着いて・・・微笑んで。

 『それほどの何かが、君にはあったということが、僕には真実として残る。』

 

 






 (名探偵だったら、何て答えただろう?)

 考えてみれば、自分とコナンは同じだ。他人に言えない、真実の姿を持っている。
 今日、コナンが快斗を呼ぶとき、迷いを抱いていたことには気づいていた。あれは近い未来
の、快斗の姿だ。コナンが工藤新一に戻れば、快斗はもう、街中で彼を見つけても、少なくとも
いまの様な気安さでもっては、彼の名を呼べない。快斗は彼を、呼び止める名を持たなくなる。

 (話すことがあるとすれば、名探偵がキッドの予告に興味を抱いて、現場でやり合うときくらい
かな。)

 それだって、黒羽快斗としてではない。その現場には工藤新一と怪盗キッドはいるが、江戸
川コナンと黒羽快斗は存在しない。
 今日、少女の姿でいた自分のように、コナンもいずれ、いまの姿を消すのだ。そうして、黒羽
快斗の日常からは接点のない名探偵が現われる。
 そのときを想像して、快斗は空虚を感じた。

 (でもそれは、俺だけじゃない。)

 例えばそれは、コナンを慕っている探偵団。
 工藤新一に戻るとき、彼が子ども達に真実を告げるかどうかはわからないが、コナンと新一
が同一人物であることを明かしたとしても、彼らの日常からはコナンは失われるだろう。彼らが
どれだけ人懐こくても、小学生が高校生に変わらぬ態度をとるのは難しい気がする。
 他にも、コナンでいる間に関係を築いた人々。

 (なんか、なあ・・・それって、俺や子ども達は、名探偵からは捨てられるってこと?)

 深く考え込んで暗い気分にならないように、あえて冗談ぽい表現を選んだが、選んだ言葉が
悪かった。

 (・・・捨てられるのは、嫌だなあ。)

 自分はいま、あの車の中から自分を見上げていた白馬と、同じ瞳の色をしているのかも知れ
ないと、快斗は思った。










 小学校のチャイムが、校舎の付近に響き渡る。やや鈍い、耳に優しい音が、段々と遠ざかっ
ていく。帰り支度をしていた哀は、窓から校庭を眺めやって、門の前に学ラン姿の少年を見つ
けた。
 哀の様子に気づいたコナンも哀の隣に立って、窓の外を見る。ややあって、哀はコナンが
騒々しく教室を出て行く音を聞いた。

 



 「快斗兄ちゃん! どうしたの!?」
 
 息も切れ切れに問うコナンの目線に合わせてしゃがんで、快斗はニコリと笑う。

 「コナンからもらいたいプレゼントを決めたんだ。だから、言いに来た♪」
 「プレゼント・・・」

 呼吸の落ち着いてきたコナンに、穏やかな瞳を向けて、快斗は告げる。

 「コナンが俺を見捨てないでいてくれれば、それでいい。」
 「・・・え?」
 「コナンがいつか大きくなって、学校とか仕事とかで忙しくなって俺と会わなくなったとしても、
どこかで偶然に俺のことを見かけたときにでもさ、声をかけてくれれば、それでいい。」

 「コナンのなかにある、真実を一つ」とは、言うわけにもいかなかったので、できるだけそれと
近い結果を呼ぶような言い方を、快斗は選んだ。

 (俺も大概、ずるいよな、白馬?) 

 自分は、白馬の望みにまだ向かい合えていないのに、コナンの真実を求めようとしているの
だから。
 コナンもやはり、あの時の自分と同じように戸惑うだろうか。真実を手の平におさめたまま、
いくのだろうか。
 快斗はポーカーフェイスを心がけたが、気持ちはざわりざわりと、落ち着かなかった。これは
木の枝が風で揺れて、葉がこすれる音だ。今日は風が少し強いと、朝の天気予報でも言って
いたと、気持ちを落ち着けようとする。

 「・・・何、言ってるのさ。僕が快斗兄ちゃんを見捨てるなんて、あるわけないよ!」

 風が吹いて、校庭の木々が、ざぁっと音をたてて揺れる。
 
 「でも、わかった・・・その時になったら、必ず言う。」

 潔かった。
 コナンの瞳には強い光が宿っているのを、快斗は見た。この瞬間、コナンのなかで、何か大
きな決意が生まれた・・・ように、快斗には見えたのだが、すぐに、それは、そうであれば良いと
思っているから、そう見えたのだと思い直す。コナンの潔さが、自分で予想していた以上に、安
堵をもたらしたせいかも知れない。

 (良かった。捨てられないかも知れない・・・俺が、キッドだってことが、知られなければ。)

 それは、危うい安堵に感じたが、それでも良いと、快斗は思った。

 「じゃ、俺からもお前に誕生日のプレゼントをしなきゃ。コナンは、何が欲しい?」
 
 快斗の問いに、コナンの肩がピクリと揺れる。
 ・・・そして、コナンも決めた。

 「僕、快斗兄ちゃんのこと・・・名前で呼びたい。」

 また風が吹き、校庭の木々が音をたてる。音が静まるのを待って、コナンはまっすぐに快斗
を見て、また告げた。

 「俺、ずっと、快斗って呼びたかったんだ。」





 帝丹小学校の、門の前。コナンが初めて、はっきりと快斗の名を呼んだ。
 快斗はそれに、作り物でない、本心からの笑顔で答えた。