其の中の真実1




 日曜の、朝・・・毛利探偵事務所のドアが控えめにノックされた。事務所内を掃除していた欄
は、「依頼人だと、今日は困るな」と思った。
 父の小五郎は金曜の午後から、町内会の旅行に出てしまっているからだ。学校から帰ってき
たら父の姿はなくて、机の上に、急いで書いたことがうかがえる、広告の裏に殴り書きされた、
すごく簡単な伝言メモが残されていた。
 急に一人居なくなったので、夕飯の献立とか、休日の計画が考え直しになってしまい、前もっ
て伝えられなかったことに怒っていた蘭だったが、このノックが依頼人であった場合、帰ってき
た父を怒る理由が、一つ増える。

 (もう、しょうがないなぁ・・・お父さんってば。)

 ドアの向こうの相手をあまり待たせるわけにもいかないので、使っていた掃除機を邪魔にな
らないところに置いて、ドアを開ける。

 「すみません、お待たせして・・・」
 「こんにちは、蘭ちゃん♪」

 すごくフレンドリーに挨拶をした少女に、見覚えはなかった。





 コツ、コツ・・・と、時計の針が音を刻む。

 (どうしよう・・・?)

 ドアの前でニコニコと笑う少女に、蘭はどう反応していいか、ちょっと迷う。自分は記憶力は良
い方だと思う。この少女には会ったことはない・・・はずだ。
 が、少女の様子は、初対面の人を相手にしている感じではない。
 
 「え〜っと、ごめんなさい。どこかで・・・」

 少女を傷つけてしまうのは心苦しかったが、どうしても、どこで会ったか思い出せない相手に
思い切って聞く。

 「俺だよ、俺。久しぶりだねー、蘭ちゃん。元気だった?」
 「く、黒羽君・・・!?」

 少女の顔に似合わない、耳に心地良い、やや低い声が聞こえ、さらにその声には聞き覚え
がしっかりあった蘭は、咄嗟に、上の階でまだ寝ているコナンを起こさぬよう、大きな声を出さ
ないようにし、けれどやはり驚きは大きかったので、口をパクパクとさせてしまった。

 「・・・どうしたの?その格好?」

 蘭の質問は至極まっとうだと快斗も思ったので、にこりと笑って答える。
 何せ、いまの快斗の姿は・・・ふわりとカールした、明るい色の肩ほどまで伸びた髪・・・胸の
下で可愛らしいリボンでくくられ、そこからAラインをつくる、ノースリーブのワンピース・・・そのワ
ンピースの上には、半そでの、レースのボレロを身につけて・・・それはもう、はっきりと、普段
の快斗とは別人だったからだ。

 「これ、これ♪」

 快斗が、顔の前にパッと広げてみせたのは、某有名ホテルのホームページから、ケーキバイ
キングの期間限定割引きのお知らせを、プリントアウトしたものだった。

 「カップル限定・・・?もしかして、これにコナン君と行くため?」
 「そ♪」
 「でも、どうしてコナン君なの?男の子のまま、青子ちゃんと行けばいいじゃない?」
 「えぇ〜、い・や★ 青子と行って学校の奴らに見られたら、後が面倒くさいもん。それに、青
子とはもう、ケーキ食べたし。」

 快斗の言うことを、蘭は半分は理解できたが、後半の意味がわからない。

 「でも黒羽君、ケーキ好きでしょ?何回食べてもいいんじゃないの?」
 
 蘭の疑問に、快斗が人差し指を口元に当てて微笑んだ。

 「特別なケーキだから、食べるのは一人のお相手につき、一回って決めてるんだ。」

 「あのね・・・」と内緒話をするように、蘭の耳に手と顔を寄せて、快斗が小さな声で続きを話
すと、ようやく合点のいった蘭が、ああ、と笑った。

 「そっか、そういうことなら、急いでコナン君を起こしてこなきゃ。すぐだから、座って待って
て。」
 「うん。ありがとー、蘭ちゃん♪・・・ところで、小五郎さんは?」
 「あ、お父さんは昨日から居ないの。町内会の旅行に行っちゃってて。」
 「そうなの?会うの結構楽しみにしてたんだけどな・・・ま☆しょうがないよね。・・・でもそうする
と、蘭ちゃん一人になっちゃうね。」
 「あ、いいのよ。これを機に、大々的に掃除しようと思ってたところだから。気にしないで?」
 
 笑って手を振る蘭に、快斗はほんの数秒、思案顔になり、おもむろに携帯電話を取り出し
た。

 「え、ちょっと黒羽君!それ、わたしの・・・!」

 いつの間に、と驚いた蘭が止めようとするも間に合わず、快斗は素早く、ある番号にかける。
あ、と小さく口を開き、相手が電話に出たらしいことがわかった。

 「あ、お母さん?・・・わたし。」

 (・・・わたしの声!?)

 「うん、ちょっとね・・・今日、午後からでも会える?ちょっと、会って話したいかなあ、て。・・・え
いいの?うん、ありがとう、お母さん♪ じゃあ、支度できたら、また電話するから。」

 通話を終えたらしい快斗から、はい、と携帯を返されて、まだどこか呆然としていた蘭だった
が、それでもすぐに、快斗の意図がわかって、その心遣いに嬉しくなった。

 「ごめんね、勝手なことしちゃtった。」
 「ううん。・・・ありがとう、黒羽君。」

 頬を少し赤らめ、携帯を大事そうに胸の前で握る蘭の姿に、どうやら喜んでもらえたらしい、
とわかって、快斗はほっとした。

 「女の子を、一人でお留守番なんてさせられないよ。」
 「ありがとう♪・・・あ、そうだ、コナン君、起こしてくるんだった。待ってて!」
 
 思い出したように蘭が階段を上がり始め、あ、と何かに気づいたように振り向いた。

 「・・・・・コナン君には、黒羽君が来たって伝えていいんだよね?」

 いくら変装の技術が超A級でも、快斗は快斗。・・・快斗のもう一つの顔を知る蘭の、その確認
に、「コナン君にまだ正体ばれてないのよね?」という、自分を心配してくれている気持ちが感じ
られて、快斗は嬉しくなった。





 「コナン君、もう起きた?」

 室内から物音が聞こえないので、まだ起きてなさそうではあったが、一応、ドアをノックして中
の様子をうかがう。・・・予想通り、コナンはまだ寝ているようだった。腕時計で時間を確認する
と、10時30分を過ぎていた。有名ホテルのケーキバイキングに行くのであれば、そろそろ急
がないと待ち時間がものすごいことになる。

 「もう・・・入るよー?」

 ドアを開けると、明るい室内。電気はついていたが、この時間ならばカーテンを開けて外の光
を入れれば、まだ電気をつける必要はないはずだ。しかも案の定、コナンはまだ寝ていた。
 枕元には分厚い推理小説が開いたまま置かれていて、コナンの右手はその本の上に投げ
出されていた。メガネは外していたので、うつぶせた顔に痕を作ることにはなっていないが・・・
どうやら、小五郎が居ないのを良いことに、電気をつけたまま深夜まで小説を読んで、そのま
ま眠り込んでしまったらしい。

 (あ〜ぁ・・・本当に新一みたいなんだから。)

 ため息まじりに近づいて、コナンに呼びかける。

 「コナン君、もうそろそろ起きて?」
 「ん〜・・・」
 「コナン君にお客様が来てるのよ? 起きないと後悔するわよ?」
 「ん〜・・・だれ・・・?」
 「黒羽君。」

 ガバッ!!

 「わっ!?」

 寝起きの良くないコナンにしては、とんでもない勢いで起き上がったので、驚いた蘭は、その
まま部屋を飛び出すコナンを止めることができなかった。