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父の日・誕生日・何でもない日
この道からあの角までは一直線。そしてあの角を曲がれば、家まではすぐ。
赤い夕日が、道の両脇に広がる家々の陰をつくり、その陰の間を歩く彼も赤く照らされる。銀
三は、自宅まで続くこの赤い道が気に入っていた。
この赤い道の先には、彼が愛してやまない一人娘の青子が待っている。たとえあの怪盗に煮
え湯を飲まされた後であろうと、青子の笑顔を見られれば穏やかな、暖かな気持ちになれる。
(夕飯は何にしようか…)
家にある食材を思い出しながら、遂に長い一本道を終え、角を曲がったは良いが・・・。
(・・・な、なにごとだぁ!?)
銀三の目に映ったのは、愛娘の待つ自宅・・・の前にできている人だかりだった。ご近所の奥
様方が、家の前で何やら話しこんでいる。もしや娘の身に何かあったのでは・・・とも思ったが、
奥様方の表情は明るい笑顔で、暖かなまなざしが彼女らの腰ほどの高さに注がれていた。
「あら、帰ってらっしゃったわよ!」
一人が銀三に気づき、ねえ、と自分の隣に居る一人の腕を肘でつつく。
「お帰りなさい、警部さん。」
「ど、どうも・・・。あの、何か」
あったんでしょうか、と言う間もなく、奥様方は口々に、それじゃ、とか、夕飯の支度があるか
ら、などなど言い合って、人垣を崩し始めた。
「それじゃ。後は頑張ってね、快斗君♪」
「うん!一緒に待っててくれて、ありがとう。」
最後に、門の前でしゃがんでいた奥様が立ち上がって脇にずれると、肩に白い鳩を乗せて、
頬を紅潮させている、一人の少年が姿を現した。
「お帰りなさい。警部♪」
「や、やあ、快斗君。」
少年は、青子が去年の秋頃に街の時計台の下で知り合い、いまでは家族ぐるみで親交のあ
る黒羽家の長男。素直で、自然と人を思いやれる子で、両親の愛情をしっかりと受けているこ
とが周囲にもわかり、町内で人気者だ。もちろん銀三も彼をとても気に入り、可愛がっていた。
(でも、なんで快斗君がうちの前で・・・?)
見たところ快斗に怪我はなさそうなので、快斗が奥様方の中心に居たのは、どこかで妖しい
人物に会ったらしい快斗を心配して・・・とか、物騒な理由からなどではなく、彼女らの表情や
「頑張ってね」という言葉から察するに、むしろ微笑ましい事情があるようだが。
(頑張って、て、何を?)
考えても答えになりそうなものは浮かばず、とりあえず、ずっと外で待っていたらしい快斗を
家の中に入るよう勧める。快斗はもう一度、奥様方に礼を言って、中森家に入った。
とりあえずリビングに快斗をとおし、銀三は冷蔵庫から麦茶を用意する。青子は出かけてい
て、居なかった。ソファにちょこんと座って大人しくしている快斗に麦茶を差し出し、銀三も快斗
の向かいに座る。と、玄関をくぐってから何やら神妙にしていた快斗が、意を決したように口を
開いた。
「あの、ね。警部がいま一番欲しいものって、何?」
「欲しいもの…?あ。」
(そういえば。)
「そうか、盗一さんにあげるもので迷ってるんだね。もうすぐ父の日だもんなあ?」
今月は6月。全国のお父さんが子ども達に特に感謝される時期。うんうん、と納得して頷く銀
三に、しかし快斗は慌てて否定を述べた。
「ち、違うよ!俺は父さんのじゃなくて、警部のが知りたいの!」
顔を真っ赤にして、両手を顔の前でぶんぶん振る快斗の勢いに、驚いた様子の鳩が快斗の
肩からちょっとだけ離れる。銀三も少しだけ驚いた。快斗が盗一のことを大好きなのは、銀三
が黒羽家と交流をもってから、決して揺らぐことのない真実だと思っていたから。それでも、快
斗が真実、盗一を嫌いになることなんて在り得ないだろうから、驚いたと言っても、あくまでも、
少しだけ。
「おいおい、盗一さんが聞いたら泣くんじゃないかい?」
「え、あ。…で、でも。」
まだ赤い顔はそのままで、困った顔で下を向いてしまう快斗に、銀三は優しく尋ねる。
「盗一さんと、ケンカでもした?」
「そんなんじゃ、ないけど…。」
「じゃ、何があったんだい?ん?」
「…父さんのは、青子が聞いてくれることになってるから、いいんだ。」
どうやらケンカしたとか、黒羽家の間で何かあったとかでは、ないらしい。ほっとしながらも、
何故そこに自分の娘が出てきたのかが、いまいちわからない。顎に手をやり、首を傾げながら
も、聞いてみる。
「青子が?」
「うん。後で、俺たち教え合いっこするの。」
「ごめん、青子」と、声には出さずに唇だけで青子に謝る快斗を見て、銀三はようやく合点が
いった。
「ははぁ、なるほどなあ。それじゃ今のは、聞かなかったことにしておこう。う〜ん、そうだなあ
…一番欲しいもの…」
目を閉じて、真剣に考える。考えて、銀三の頭に浮かぶのは、大切な愛娘が、幸せそうに笑
っている顔。自分と居るとき以外だと、この目の前に座る少年と一緒のときに見せることが多
いと、銀三は知っている。
「青子と一緒に居られる時間かな。」
「青子と…。」
「子どもはいつか親から離れてしまうもんだ。だからそれまでは、できるだけ一緒に居たいん
だよ。ま、そうは言っても最近は事件、事件であんまり家に居られないからなあ。」
がはは、と苦笑して、銀三は快斗を見る。黒の深い瞳、素直な目をして銀三からの言葉を待
っている。
「…盗一さんも、同じことを思ってると思うよ。快斗君と一緒に居られる時間が、いま一番欲し
いものなんじゃないかな。」
わしわしとなでてくれた手を、大きくて暖いと、快斗は思った。
「快斗ー!青子、おじさまに聞けたよ!快斗は?」
銀三に礼を言って、中森家から家までの帰り道。快斗と反対に、黒羽家から中森家へ帰る青
子と会う。
「おぅ!任せろよ。あのな…。」
「すごーい!お父さんとおじさま、同じだー!」
(良かった。)
一緒に居たい。自分が望んでることを、盗一も望んでくれて。すごく、すごく嬉しい。青子もき
っと同じことを思ったろう。えへへ、と笑う青子を見て、この顔を早く銀三に見せたいと、快斗は
思った。
そうして、当日まで待ちきれず、事のあらましを盗一に話した快斗は、そりゃもう嬉しそうに、
盗一にべったりとひっついていた。
・・・・・後日。
怪盗キッドから、初めて予告のキャンセルが出され、中森警部も久しぶりに穏やかな休日を
もてたとか。

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