満月、君と。




 そこを歩くと、ざり、と音がした。 
 いまが深夜で人が居ないためか、普段なら気にも留まらないだろう、その音が、これといって
特徴のない霊園に響く。 日中でも、訪れる人は多すぎず少なすぎずといったところだろうそこ
に、優作は来ていた。 
 今夜は満月だからか、ここに来るまでに想像していたよりは、暗くない足下に安堵する。 

 (これも君の演出かい?)

 口元に笑みを浮かべてそんなことを考えながら、たどり着いた先には、周りのものと何ら変わ
った造りでもない、極々一般的な墓が、月明かりに照らされていた。 
 事故の後、騒ぐマスコミから隠すための意図もあるのだろうが、いまなお世界中の人々に『一
流』と称されファンをもつ彼が眠るには、あまりに質素なそれに、優作は向かい合う。 

 「やあ。来たよ、盗一。」 

 懐かしさと親しみを込めて友人の名を口にすると、辺りの空気が柔らかなものになったのを
感じた。 
 それにしても、と今度はやや呆れを込めた口調で言う。 

 「やっぱりここでの待ち合わせは止さないかい?心臓に悪い。」 
 「おや、そうかね。」 

 墓石の後ろから姿を見せた、正真正銘、生身の盗一は、「さてそれは困ったな」という言葉と
は裏腹に、至極楽しそうに笑って言ったのだった。 





 「新刊読んだよ。相変わらずの活躍だね。元気そうで何よりだ。」 

 墓石の前で二人、レジャーシートの上に座り込んで、優作の持参したワインを飲みながら話
す。 

 「ああ、ありがとう。…君の大事な人たちも、みんな元気にしているよ。」 
 「…中森警部も?」 
 「聞かずとも、知っているくせに。」 

 ニヤリと笑って優作が言ってやれば、ははは、と笑い声で返される。 あくまで、優雅に、紳士
的に。 
 それから、今日優作が会ってから見たなかで、一番優しい表情になった盗一が話す。 

 「…快斗は、本当によい子に育ってくれた。彼女と警部、それに青子ちゃんや寺井に感謝しな
くては。」 
 「…わたしと有希子には?」 
 「それは、今後の新一君の動向次第だな。」 

 穏やかな表情のまま、さらりと言ってくれるものだから、やはりこの友人は侮れないと、優作
は内心で面食らう。 

 「あ〜、…盗一。お前いったいどれくらいの頻度で快斗君の様子を見に行ってるんだい?」 
 「二週に一度。」 
 「お前ね…。」 

 きっぱり即答されてしまい、優作は長いため息を抑えられなかった。 

 「そんなに気になるなら、早く“用事”を済ませて戻ってくるんだね。」 

 そう言うと、らしくもなく、どうにも罰が悪そうな顔をするので、おかしくなってしまう。 

 (まったく、早く親子並んだところを見せてくれ。) 

 親友である自分にさえ、“用事”の内容を教えることなく、突然「よろしく頼む」とだけ言い残し
て姿をくらませた彼に、怒りをまったく覚えない、というわけではない。 家族や自分をなんだと
思っているのか。 一人きりで闘ってほしくはないのに。 

 (大事なときに、誰も頼ろうとしないのは、血か。・・・それでもお前の場合、快斗君に頼っては
いるのだろうが・・・。) 

 なにせ、一番やっかいなものを託してしまった。 

 (身代わりか。) 

 優作には盗一の真意はわからないが、おそらくはそうなのだろう、と思う。 
 快斗にキッドとして夜を駆けてもらい、自分はさらに危険な組織の中心部で動いているのだろ
う。 
 いつか、盗一が言っていたことを思い出す。 

 『快斗は、わたしよりはるかにキッドを上手くやれるだろう。考えたくはないが、わたしは快斗
のその能力と優しさを、いつか利用してしまうのかもしれない。』 

 常ならば完璧なポーカーフェイスを誇る彼が、このときは苦渋の表情で言っていたのだ。 
 いまは穏やかな表情でワインを飲んではいるが、あの時の気持ちは変わらず・・・いや、危惧
していたことが現実となってしまった分さらに強くなって、彼を責めていることだろう。 
 早く、早く終わらせられればいい・・・と優作は思って、スーツの胸ポケットから何かを取り出
す。 
 困難に向かってまた歩き出す彼を、自分らしく、あくまで明るく飄々と送り出せるように。 

 「二週に一度とは言っても、さすがにこんな顔は見ていないだろう?」 

 そう言って優作が差し出したのは、ホテルのテーブルに上半身を預けて、顔を真っ赤にさせ
て眠っている快斗の写真だった。 

 「あ!なんだこれは?ずるいぞ、優作。いつの間にこんなもの撮ったんだ?」 

 どうやら本気で悔しがっている様子の盗一に、優作は自分の作戦が成功したことを知る。 

 「この前、有希子と3人で食事したときにね。いいだろう?ちなみに、これは見せびらかすた
めだけに持ってきたものだから。」 
 「〜〜〜〜っ!!なんだ、それは。意地が悪い。」 

 盗一もさらにノってきて、放っておけば地団駄まで踏みそうな勢いだ。 

 「欲しければ、お前がちゃんと戻ってきたときにプレゼントしてあげるから。だから早く、無事
に戻ってきてくれ。」 

 一瞬、きょとんとしていた盗一だったが、すぐにまたいつもの紳士的な笑みを浮かべて、頷い
てから立ち上がった。 

 「行くのか。」 
 「ああ、行くよ。わたしも早く終わらせたいからね。」 

 満月に照らされ、静かに、どこか楽しげに言う姿は、着ている服こそ違えど、8年前に姿を消
し、いままた夜を支配する怪盗のもの。 

 「・・・急ぐことと、焦ることとは違うぞ?」 
 「わかっているよ。気をつける。じゃあ、また。みんなをよろしく頼むよ。」 

 ふ、と笑って言われて、ああとりあえず、また会ってくれる気はあるのか、と、安心した優作
は、またニヤリと笑って言ってやった。 

 「どうせ、二週に一度は来るくせに?」 
 「いいだろう。気持ちの栄養補給は大切だろう?」 

 まるで彼の子どものように、いたずらっぽく笑って、盗一は墓石の裏にまわる。 
 途端に視界が暗くなって、一瞬目線を足元に向けた優作が目の位置を戻したときには、盗一
の姿は消えていた。 
 空を見上げれば、先ほどまでスポットライトのように彼を照らしていた満月が、雲に隠されて
いた。 

 (まったく、徹底しているなあ。) 

 久しぶりに盗一の消失マジックを見ることができて、優作は嬉しくなる。 
 ・・・が。 

 (でもやっぱり場所が場所だけに、心臓に悪い。) 

 次会うときは、絶対場所を変えさせよう、と、ため息も出たのだった。